貝塚ビニールハウス殺人事件との比較から見た本件えん罪の明確性
弁護士 金 竜介
www.rikkyo.ac.jp/univ/araki/naraki/shirase/houdai/skkim.htm
第一、本稿の趣旨
本件(草加事件)が、明白な冤罪であり、少年ら以外のものの犯行であることを
示す物証を無視し、様々な矛盾を有する自白のみによって、少年らの犯行を認定し
た原審の誤りは、これまで述べて来たとおりである。
本件と証拠構造が類似する、いわゆる「貝塚ビニールハウス殺人事件」(以下「
貝塚事件」と記す)は、原審の誤りが是正され、控訴審及び再審において、被告人
らの自由と名誉が回復された事例である。
ここでは、貝塚事件と草加事件を比較しながら、草加事件について、少年らが犯
人でないことが、証拠上、より一層明白であることを明らかにするものである。
第二、貝塚事件の概要
以下、貝塚事件の概要につき、簡潔に記す。なお、同事件の重要な争点のひと
つであるアリバイについては、本稿の趣旨とは直接は関連しないので、詳細を省
略する。
一、事件の発生
昭和五四年一月二二日早朝、貝塚市の野菜ビニールハウス内で、二七才の女性
が、全裸に近い状態で、発見された。
後の捜査で、被害者は、強姦されており、死因は、頸部扼圧による窒息死とさ
れた。
二、被疑者の逮捕及び自白
一月二六日、S少年(一八才)が被害者の内縁の夫の追及により、犯行を自供
し、貝塚署に出頭して、翌日未明、逮捕された。続けて、S少年の自白に基づ
き、T(二一才)、M少年(一八才)、U少年(一八才)、N少年(一八才)
が、逮捕された。
M少年、N少年は、逮捕当日に自白。U少年は、当初アリバイ主張し、否認す
るが、逮捕された六時間後に自白。T(成人)は、勾留質問において否認する
が、逮捕後三日目に自白する。
その後、少年らの自白を内容とする供述調書が、作成されるが、少年ら相互の
自白の食い違いが生じたり、現場の状況と矛盾するもので、また、供述内容も変
遷した。
三、物的証拠
貝塚事件に特徴的なことは、少年らと犯行を結びつける物的証拠が全く存在し
ないだけではなく、少年らが犯人ではないことを強く推認させる証拠が数多く存
在することである(この点、草加事件と類似する)。
1、被害者の腟内から採取された精液を含む体液
被害者の腟内から採取された腟内容液には、精子が確認され、その状態での
腟内容液の血液型は、A型を示していた。そして、被害者及び被害者の夫、少
年らの血液型は、次のとおりであった。
被害者 A 分泌型
被害者の夫 O
S少年、U少年 AB 分泌型
T、M少年 B 分泌型
N少年 A 非分泌型
被害者の体内から採取された腟内容液から精子が検出されているから、被害
者自身の腟内分泌液と強姦犯人の精液が混在していると考えられる。従って、
この状態での血液型は、被害者自身の血液型物質と犯人の血液型物質が混在し
たものとなるはずである。しかるに、腟内容物の血液型がA型を示していると
いうことは、少なくとも、N少年以外の少年らは、強姦犯人ではないというこ
とを積極的に裏づける証拠となるものである。すなわち、少年らがいずれも姦
淫しているのであれば、少年らのAB型及びB型の型物質と被害者のA型の型
物質が混在して、腟内溶液の血液型表現としてはAB型の反応を示すはずだか
らである。(※)
※ 右の点は、草加事件における「体垢のA型と唾液のB型が混合
してAB型を示した」とする高裁判決の問題と混同してはならな
い。すなわち、貝塚事件では、法医学上一般に血液型鑑定の際そ
の影響が問題とされる、被害者の腟液と加害者の精液という同質
の液体同士の混合の事案である。
これに対し、草加事件の場合には、加害者の唾液(分泌型)に
対し被害者の細胞片(垢)が血液型鑑定に際し影響を与えるかと
いう問題であり、唾液に含有する血液型物質が垢の血液型物質に
比べ圧倒的に多いため、法医学上その影響は考えられないとし
て、その混合が問題とされないのが一般である。また。特にその
混合が問題となる場合には、顕微鏡検査でその混合の量も検査で
きる。特に、草加事件では、被害者が非分泌型であったため、体
液(汗)の混合も影響を与えない事案である。
2、被害者が着用していたオーバーコートの裏地に付着していた精液様斑痕
被害者が、死体発見時に両袖だけ通して、下に敷いてあおむけに倒れていた
コートの裏地には、体液様斑痕が二か所認められ、そこから、精子が一個確認
され、その精液を含む液性部分の血液型もA型であった。
右斑痕の血液型も少年らが犯人でないことを有力に裏づけている(唯一のA
型であるN少年は、非分泌型なので、精液から血液型反応は出ない)。
3、被害者の両乳房から検出された体液
被害者の左乳嘴には咬傷があり、被害者が犯行時乳房をなめられたり、咬ま
れたりした状況が窺われるところ、事件発生後の検証の際、被害者の両乳房の
周囲をぬぐったガーゼ片からプチアリン反応を示す体液(プチアリンは主とし
て唾液に含まれる)が検出され、その血液型もA型を示していた。したがっ
て、被害者の両乳房を咬んだ犯人の血液型はA分泌型であることを示してい
る。
このことだけでも、少年らが犯人でないといえ、さらに、右1、2の体液の
血液型と総合検討すれば、少年らがいずれも犯人でないことが明白である。
4、その他、本件犯行現場には、足跡痕、指掌紋が、多数発見されているが(足
跡痕五三個、指掌紋三七個が検出)いずれも、少年らのものとは一致せず、少
年らが事件当日履いていたとされるスリッパや靴の裏に付着した土砂も、現場
の土砂と一致するものはなかった。
四、少年審判
本件少年審判を行った大阪家庭裁判所堺支部は、一〇日間の観護措置を経て、
逆送決定をしている。この少年審判においては、物証上の問題や、供述調書の内
容等の考慮をした形跡はなく、また、調査官も少年らから被疑事実について詳し
く聞いて事実関係を確認することをあまりせず、主に、家庭環境や性格などの把
握に重点が置かれていたようである。同家裁は、送致当初から、逆送事件との結
論を持ち、実態的な審理を放棄して、最小限形式的な手続きのみを行い、早々に
決定を行ったものとの指摘がされている。
五、刑事第一審判決
第一審公判においては、1.物証の不存在、2.自白調書の任意性、信用性、3.ア
リバイの成立が争点の中心となった。しかし、前記の三物証のうち、コートの精
液様斑痕、乳房の唾液に関しては、証拠調べがなされなかった。
判決は、1.の物証の点については、まったく触れていない。2.についても、警
察官による暴行の事実や捜査の端緒となった内縁の夫が少年を詰問する際の暴力
などについての判断をしていない。そして、3.について、少年らのアリバイは成
立せず、かえってアリバイ工作を依頼したと認められるとした。その結果、アリ
バイ工作を依頼されたとの証言と自白のみによって、有罪の認定をした(大阪地
裁堺支部昭和五七年一二月二三日判決)。
六、控訴審判決
1、S少年(一審後に控訴せずに服役、控訴審判決後に再審請求、無罪となる)
を除く、四名の控訴審では、被告人ら全員について無罪の逆転判決を言い渡し
た(大阪高裁平成元年一月三〇日判決)。検察官は、この判決に対し、上告せ
ず、確定した。
控訴審判決は、まず物証関係について、被告人らと本件犯行を結びつける物
的証拠がないばかりか、かえって被告人らは犯人ではないのではないかという
強い疑問を抱かせる物的証拠すら存在するとし、自白調書については、捜査官
より暴行を受けた旨の各供述を虚偽であるとはいえないとして、各供述調書の
任意性を否定し、信用性についても、秘密の暴露の不存在、供述調書相互間の
重要な食い違い、供述の変遷、各供述の合致が変遷後であることなどから、捜
査官の誘導や押しつけ、少年ら自らの迎合による虚偽の供述などの疑いがある
として、否定した。
2、控訴審判決の事実認定の方法
控訴審裁判所は、控訴審で提出されたオーバーコートの裏に付着していた精
液様斑痕、両乳房の唾液の鑑定結果を検討し、これらがいずれも血液型A型を
示していることを前提に、腟内容液の血液型と合わせて考えれば、少年らが真
犯人ではあり得ないことが明確となるものであるとして、まず物証関係につい
ての認定をしている。
その上で、少年らの自白調書について、任意性を否定し、信用性について
も、秘密の暴露といえるものがなく、供述の変遷があることなどを理由に否定
している。
そして、アリバイについては、少年らのアリバイの成立を認めるに足る証拠
はないというべきであるが、また同時にそのアリバイが虚偽のものであるとま
では断じ難く、従って、その成立の可能性を否定しきれないというべきである
と認定している。
控訴審判決は、物証関係から供述調書類の分析へと整理し、少年らの無罪を
明確にした上で、アリバイの成立の可能性を論じており、一審判決が、アリバ
イの立証がなされないことをもって、あたかも、有罪の証拠として認定したも
のとは対照的である。
七、再審
その後、控訴を行わなかったS少年も、右四名の控訴審判決後、再審請求を行
い、再審開始決定後、無罪判決を得ている(大阪地裁堺支部平成元年三月二日判
決)。控訴審で提出された証拠や新たなアリバイ証言が、同人の確定判決に対す
る新規な証拠と認められたものである。再審決定及び再審判決での事実認定及び
証拠評価は、基本的には、控訴審判決と同様のものであった。
S少年が、控訴を行わなかった理由は明確ではないが、一審で四年近くもかか
り、最高裁までなら十何年もかかる、それよりも、一審判決である懲役一〇年を
真面目に服役して仮釈放になった方が早いとの父親の説得や、一審判決に対する
本人の絶望感などによるものとされる。
犯人でなければ、控訴しないはずがないとの先入観が、犯人でなければ自白す
るはずがないとの観念と同様に、誤っていることを示す事例であった。
第三、貝塚事件の教訓
草加事件と貝塚事件は、公訴事実(非行事実)が、複数の少年による強姦、殺人
事件であるということのみではなく、少年らと犯行を結びつける証拠が自白以外に
存在しないこと、少年ら以外のものが犯人であることを示す物証が存在することな
どの類似点がみられる。また、少年らが、いずれも、早期に自白し、多数の自白調
書が存在するという点でも類似する。
一、物証の存在と評価方法
1、両事件における物証
〔貝塚事件〕 ⑦〔草加事件〕
被害者 A 分泌型 ⑦ 被害者 A 非分泌型
被害者の夫 O ⑦ S O 非分泌型
S少年、U少年 AB 分泌型 ⑦ N、M、Y、T B 分泌型
M少年、T B 分泌型 ⑦ F O 分泌型
N少年 A 非分泌型⑦
⑦
物証1. ⑦物証1.
腟内容液から精子が発見され、そ⑦ スカート後面裏側六か所に精液が付着
の状態での腟内溶液の血液型がA型⑦し、AB型を示す。
を示す。 ⑦
⑦物証2.
物証2. ⑦ 両乳房に唾液が付着し、両乳房の周囲
被害者のオーバーコートの裏地に⑦をぬぐった採取物が、AB型を示す。
精液様斑痕が認められ、精液を含む⑦
液性部分の血液型がA型を示す。 ⑦物証3.
⑦ 被害者のシャツに毛髪が付着し、AB
物証3. ⑦型を示す。
両乳房に付着した唾液の血液型が⑦
A型を示す。 ⑦
⑦
2、物証に対する控訴審の判断
右の物証に対し、貝塚事件控訴審判決は、物証1.につき、「精液が混合して
いる被害者の腟内容物からB型ないしAB型の反応がなかったことは、被告人
らが、姦淫し射精していない可能性が大きいことを示している」とした。ま
た、「(精液の量が)少ない場合には、B型又はAB型の分泌型であっても腟
内容物からその血液型が出ない可能性もある」とする検察官請求の鑑定人の証
言については、「同証言も普通に射精された程度の量ならば、その血液型が出
ると考えてよいというのであるから、少年らが射精しなかった可能性の方が射
精をした可能性よりもはるかに大きいといえる」として排斥している。また、
右鑑定人の、「(被害者の腟内に土砂が入っており、)その影響で精液中のB
型が出なかった可能性も考えられないわけではない」との証言についても、「
(土砂の入っていない奥の膣壁からも内容物を採取して検査していることから
みて、)土砂が入っていたことが全く影響なかったと断定できないだけで、そ
の影響の可能性は極めて低い」としている。
物証2.については、「オーバーに付着した精液を含む体液が本件犯行時に付
着したものかどうか断定はできないが、一応これを肯定してよいと思われると
ころ、ここでもNを除く少年らの血液型が検出されていない。したがって、右
体液中に混合する精液は、Nを除く少年らの精液ではないといわなければなら
ない」としている。
物証3.については、少年らの各供述よれば、いずれも被害者の乳を強く吸っ
たりなめたりしたというのであり、乳房に咬傷も認められるから、被害者の乳
房には、相当の量の唾液が付着したものと考えられるが、「被害者の乳房から
は、A型だけが顕出され、B型あるいはAB型が顕出されてなかったことは、
Nを除く少年らが、被害者の乳房を吸ったりなめたりした事実がなかったこと
を推認させる」とした。
そして、少年らと犯行の結びつきについて、右物証は、「いずれも被告人ら
が被害者を姦淫したという事実を裏づけるべき資料とならないというだけでな
く、かえって、少年らが被害者を姦淫した可能性が極めて少ないことを示して
いる」と認定した。
3、貝塚事件と草加事件の物証についての判断方法の比較
貝塚事件においては、物証を総合的に評価し、事実を認定している。すなわ
ち、腟内の精液、オーバーに付着した精液、乳房に付着した唾液が、いずれ
も、A型であったことから、この三物証がいずれも犯人のものであること、そ
して、犯人が分泌型のA型であること、したがって、少年らの中に犯人がいな
いことを結論づけているのである。
仮に、草加事件高裁判決のとった個別的判断の手法や可能性論を、貝塚事件
で用いていれば、少年らが犯人であるとの認定もできたであろう。
まず、1.腟内容液と精液が混在する物質について、A型の反応が出た点につ
いては、これを分泌型A型である被害者の腟内容液の反応であるとし、非分泌
型のN少年については、血液型の反応は出ず、他の少年らの精液については、
腟内に押し込まれた土砂に精液が吸収された「可能性」があるとして、右物質
のA型の反応と少年らが犯人であることとは必ずしも矛盾しないということも
できる(また、少年らの「腟内に射精した」との自白が、犯行時の驚愕や興奮
による記憶違いとすることも可能である)。
2.オーバーに付着したA型の精液については、「別の機会につけられた可能
性」を否定できないとして、これも、少年らが犯人であることと矛盾しないと
することができる。
3.の乳房の唾液についても、乳房をぬぐったガーゼ片の体液からプチアリン
反応(唾液の有無)が示された点については、これを非分泌型のN少年のもの
と考え、他の少年らについては、唾液が採取されなかった可能性もあるとした
上で、A型の反応が出た点については、被害者のA型分泌型(この点が草加事
件とは異なる)の汗の反応であると考えれば、これも、必ずしも矛盾しないと
いうことができるのである。
以上のような、個別的な判断手法を用いれば、少年らの中に分泌型のA型が
いないからといって、物証と矛盾とするとはいえないとの認定も可能となるの
である。そして、このような判断は、草加事件よりも容易であったということ
ができる。なぜなら、草加事件においては、被害者が、非分泌型であること
や、貝塚事件の非分泌型A型のN少年のような存在がいないことから、AB型
の三物証を説明するのに、「別の機会」や「垢と唾液の混合」との理屈を持ち
出さざるを得なかったのに対し、貝塚事件では、右1.と3.については、別の機
会論や混合論を持ち出すまでもなく、少年らの精液や唾液が単に採取されなか
ったとすれば、矛盾は生じないともいい得るからである。
しかし、貝塚事件判決は、右のような、「別の機会」といった証拠に基づか
ない抽象的可能性論を用いることはせず、右三物証を総合的に評価して、犯人
が、分泌型のA型であることを推認している。少なくとも、1.3.については、
個別的には、説明ができないこともないにもかかわらずである。
二、自白の評価方法について
1、自白の存在と特徴
貝塚事件においても、草加事件と同じく、少年ら全員の自白が存在する。し
かも、逮捕された五名のうち、一名は、被害者の夫に自白をして出頭して、警
察では当初より自白し、三名が逮捕直後から六時間後までに自白という「早期
に」自白している。また、S少年は、一審で、否認したにもかかわらず、控訴
をせず、有罪判決を確定させて、服役している。
このような経過を見ると、早期の自白及び控訴断念という行動は、少年らの
自白の信用性を高めるものともいうこともできる。草加事件高裁判決では、柴
が、逮捕後三〇分で自白したことや、教護院でのTの言動をもって、自
白の信用性を裏づける事実としている。
しかし、貝塚事件控訴審判決は、自白を検討する前に、物証の証拠評価を行
い、その結果、少年らが真犯人ではあり得ないという物証からの認定をまず行
っている。その上で、捜査段階での少年らの自白調書の任意性、信用性の検討
を行っているのである。そして、その自白についても、姦淫の順序の取り決め
に関する供述、ビニールハウスへの侵入経路に関する供述、被害者を捕らえる
直前の行動に関する供述、殺害のきっかけ(動機)、殺害の状況などにつき、
多くの相互矛盾、変遷、客観的事実との食い違いがあることを指摘して、自白
調書の問題性を明確にしていくのである。この点は、草加事件一審の浦和地裁
判決についても同様である。
しかし、草加事件控訴審判決(あるいは少年審判森岡決定)は、まず、自白
を前提とし、これと矛盾する物証を、排斥していくという論理構造をとる。そ
の結果、「精液は犯人以外のものによってつけられた」「A型の垢とB型の唾
液が混ざってAB型の反応を示した。」などという科学的根拠も、論理性もな
いとんでもない結論を導くことになるのである。そして、姦淫場所、形態、殺
害場所、殺害の状況など様々な点の、自白の変遷や矛盾については、信用性に
影響がないものとして、切り捨てているのである。
極めて類似した証拠関係が認められる両事件について、何ゆえ、このような
正反対の結論が導き出されたのであろうか。自白を最大の証拠ととらえ、これ
に反する事実認定など思いもよらないという誤った考えを裁判官が持たない限
り、両事件の結論が異なるということが、論理的に整合するとはとうてい考え
られないのである。
2、自白を偏重しなかったことの教訓
貝塚事件も草加事件と同じく、捜査の早期の段階で、少年らが「自白」した事
件であった。裁判所が、自白偏重主義をとる限り、無罪判決が言い渡されること
はなかったであろう。現に、貝塚一審判決は、自白以外に少年らと犯行を結びつ
ける証拠がないにもかかわらず、有罪となっている。犯人でなければ、自白をす
るわけがない、しかも、逮捕された直後に自白することなどおよそあり得ないと
いう観念に捕らわれている以上、自白のある被告人を無罪にすることは極めて難
しいことである。草加事件と同様、貝塚事件でも、最初に自白したN少年は精神
薄弱(IQ六〇)で、表現能力に極めて乏しかったことや詰問に対し、迎合的に
答えてしまう傾向にあったことが窺われる。そのような少年の自白を疑わず、早
期の自白ということから、捜査機関の強要によるものではないという結論を安易
に導くことがいかに危険であるかを貝塚事件は教えてくれるのである。また、
S少年の自白から次々に共犯者として逮捕された少年らが、それぞれの逮捕直後
に、自白していることも示唆的である。捜査機関にとって、犯人以外のものから
自白をとることは容易であり、まして、被疑者が少年の場合には、この傾向はよ
り顕著となる。であるからこそ、裁判所は、自白を偏重することなく、物証を重
んじて事実を認定すべきなのである。
貝塚事件判決は、自白にとらわれることなく、まず、物証による事実認定を行
うことの重要性を示すものであり、単に、当該事件にとどまらず、他の裁判の事
実認定にも適用されるべきものである。とりわけ、証拠構造が極めて類似した草
加事件において、十分参考になるものと考える。
第四、最後に-若い弁護士から最高裁への信頼と期待を込めて
私たちの司法研修所時代、貝塚事件控訴審判決は、刑事裁判を学ぶものにとっ
て、まさに、事実認定のお手本のような判決として読まれていました。警察の逮
捕、家庭裁判所の逆送決定、検察官の起訴、そして、一審判決の有罪認定。これら
によって、失われようとした少年らの名誉や自由が、控訴審において、明確に認め
られ、回復されたこの判決が、裁判所に対する信頼をどれだけ高めることになった
か。これに比べて、一審判決が、判決として評価に値しないほど劣っていること
は、修習生の目にも明らかでした。これは、単に、結論からいっているのではあり
ません。重要争点に対する判断を避け、自白のみを維持しようとした貝塚一審判決
は、実に醜いものと感じられてならなかったのです。
草加事件についても、同様のことがいえます。優れた判決というものは、その結
論においてではなく、結論を導く論理過程が極めて美しいものとして我々の目に映
ります。これに反し、誤った事実認定は、論理的にも、無理に無理を重ねたもので
あり、その結果、見るにたえないものとなっていくのです。
貝塚事件においても、検察官は、少年らが犯人であることと矛盾する物証を説明
するのに、様々な論理を持ち出しています。いわく、「腟内の精液が少ないと精液
の反応が出ないこともある」「乳房の唾液が少ないと血液型の反応が出ないことが
ある」など。しかし、貝塚事件においては、衣類に付着された精液が犯人以外のも
のによってつけられたなどということは、さすがに検察官も主張しなかったようで
す。
草加事件の少年審判森岡決定においては、貝塚事件以上に、もっと苦しい論理を
持ち出してきました。それが、「少女の垢が少年の唾液とまざればAB型になる」
という検察官の意見書であり、これを認めた裁判所の決定です。また、裁判所は、
「裸で女の子が殺されていて、そのスカートに精液がついていても、犯人のものと
は限らない」との判断もしています。常識的な社会では、このようなことをいい出
すものはとうてい相手にされないでしょう。しかし、草加事件の少年審判、そし
て、本件民事控訴審判決では、まさに、社会常識に反する認定がされてしまったの
です。
貝塚事件の控訴審判決は、刑事事実認定のお手本とされるものと書きました。し
かし、あえていえば、このような結論は、特段に優れた知力や思考力を要するもの
ではなく、極めて社会常識に沿ったものであり、その意味では、常識的な人間であ
れば、誰でも導き出せる結論です。かえって、これに反する結論を導き出すことが
難しいくらいです。
草加事件についても同じことがいえます。草加事件の一審判決も同様に、社会常
識を持った人間であれば、誰でも書くことができるはずです。それは、〔AB型三
物証〕→〔少年らにAB型はいない〕→〔少年らに犯人はいない〕→〔自白調書
は?〕→〔信用性がない〕という極めて常識的な論理展開となるからです。しか
し、〔少年らの自白調書がある〕→〔少年らが犯人である〕→〔AB型三物証
は?〕→〔〇〇〇〇〕→〔少年らが犯人である〕の〇〇〇〇を埋める理論は、常人
にはとうてい思いつきません。社会常識に反した論理のアクロバットを行うほかな
いのです。
同様の証拠構造を持ちながら、一方では、無罪とされ、一方では、犯人とされた
貝塚事件と草加事件。原審での誤った判断が最高裁判所で是正されるものと信じて
います。
以上
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